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空白の「3ヶ月」のあとに 〜僕が地獄を見た3ヶ月間の話〜

今、オススメの1冊!

超ミニマル主義


決して隠しているわけでなく、ただただ話が複雑になるので、僕が自分のプロフィールから割愛してしまっている話。
少しドラマティックに書くなら、「地獄を見た3ヶ月間」の話。

 

僕は前職の会社を退職し、株式会社ファストコムという会社に入社しました。今もファストコムの社員でありながら、新規事業として立ち上げた動画メディア『ニッポン手仕事図鑑』を2019年に法人化し、株式会社ニッポン手仕事図鑑の代表取締役も務めています。

 

「僕は前職の会社を退職し、“ある会社で3ヶ月間勤務したのち”、株式会社ファストコムという会社に入社しました」

 

これが僕の正しいプロフィール。
ちなみに先に書いておくと、「地獄を見た3ヶ月間の話」と書きましたが、その“ある会社”への恨みは一切なく、今でも仲良く飲める仲間と出会えたし、Web制作の基礎知識を僕に身に付けさせてくれたので、きれいごと抜きに、とても感謝しています。

 

前職の会社を退職する1年ほど前から、僕は転職の準備をはじめました。理由はとてもシンプルで、「地域に貢献する仕事、日本の文化を残していく仕事をしたかったから」。そこである会社の社長とのご縁があり、半年くらいの時間をかけて、何度も会い、僕がやりたいこと、叶えたい夢の話をしました。まだ具体的にどんなことをやりたいのかはもちろん、「ニッポン手仕事図鑑」というメディアの構想も、少しも見えてはいませんでしたが…。

 

「よし、一緒にやろう!」
話し合いを重ねた結果、お互いに気持ちよく、決断ができました。僕が思い描く事業を立ち上げる新規事業部を立ち上げよう、と。

 

でも、入社して1ヶ月で、僕らはすれ違いはじめました。
会社の状況が変化したこともあり、僕が目指す事業の立ち上げを一旦ストップしようという話になったのです。僕は目の前の売上げをつくる仕事に、すべての時間を費やさないといけなくなってしまったのです…。

 

僕にとって、この転職は人生をかけた転職でした。娘が幼稚園に入園したタイミングでの、リスクを負った転職でもありました。
だからこそ、人生で一番と言えるくらいに悩みに悩みました。「この転職は、正しかったのか?」と。あとにも先にも人生で一度だけなのですが、あまりに悩みすぎて、ストレスが大きくなり、メンタルもやられてしまい、ある朝起きたら、全身に蕁麻疹が出てしまったくらいでした…。

 

そして、僕は試用期間を終える3ヶ月を待たずに、会社を退職する決断をしました。
そこで「大牧さんの夢を、うちの会社で叶えてください!」と誘ってくれたのが、株式会社ファストコムの代表。今ではおかげさまで70人規模になりましたが、当時はまだ4名ほどの小さな会社で、1〜2ヶ月後の存続すらも危うい経営状態。当然、僕の月給は前職の頃から10万円ほど下がりましたが、それでもチャンスを与えてもらえたのは、本当にありがたかった。

 

僕は自分の給料を稼ぐ仕事をしながら、自分の目指す世界を思い浮かべ、新しい事業の構想を練りはじめました。とにかく必死でした。正直、当時の記憶があまりないくらいで…。そしてファストコムに入社して1年半後の2015年1月に、「ニッポン手仕事図鑑」をリリースしたのです。

 

長くなってしまったので、そろそろ終わりにしたいと思います。

 

今振り返ってみても「地獄を見た3ヶ月間」でしたが、この3ヶ月があったからこそ、今の僕があり、ニッポン手仕事図鑑がある。

 

僕が今日、あえてこの話を書こうと考えたのは、月並みですが「明けない夜はないし、止まない雨はない」ということを書きたかったから。むしろ、その夜があったからこそ、未来への体力を蓄えられて、その雨があったからこそ自分の幹が太くなり、僕は強くなれた。

 

今、当時の僕と同じように、地獄を見ている人も多いと思います。でも、人生の空白の時期とさえ思えた3ヶ月のあとには、素晴らしい人生が待っていたりする。だから、「どうにもならなかったら、最後は逃げよう!」と決めて、もう少し踏ん張れそうなら、まだ諦めないでほしいと思うのです。
今日はそんなことを書いてみたい気分でした。