日刊「自分の仕事は、自分でつくる」

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その“兆し”が見えたとき、あなたは「辶(しんにょう)」をつける? 「手偏(てへん)」をつける?

今日は完全に受け売りのお話を。

 

このブログを読んでいる人の中には、「兆し」という言葉を聞いたことがないという人は、おそらくいないと思います。
「兆し」を辞書で調べてみると、『 草木の芽が今にも出そうになること。芽ばえ。芽出し。物事の起ころうとするしるし。兆候。前兆』とあります。解説文の「芽が今にも出そう」という表現はもちろん、例文で「春の兆しを感じる」「回復の兆しが見える」というような表現が用いられるように、どちらかというと、よい意味で使われるケースが多かったりします。「悪い兆しとも言うよ!」という声が聞こえてきましたが、一旦は無視して…。

 

で、ここからが受け売りなのですが…。
よいも悪いも“兆し”が見えたとき、人は“足を動かす人”と、“手を動かす人”に分かれるという話。

 

足を動かす=「兆し」に「辶(しんにょう)」をつけてみてください。しんにょうには「急いで行くこと」という意味がありますが、「兆」+「辶」で「逃」。そう、兆しが見えてきたときに逃げてしまう人がいます。反対に「兆」+「扌」で「挑」。そう、兆しが見えてきたときに挑んでいく人もいるのです。

 

まあ、ただの漢字遊びではあるのですが、同じ「兆し」を目の前にしたとき、確かに失敗を恐れたり、評価を落とすことが嫌で逃げてしまう人もいれば、そこにしっかりと立ち止まり、その「兆し」と対峙し、ひたすらに手を動かす人(=挑み続ける人)もいるな、と。

 

皆さんはどちらでしょうか?
コロナ禍で苦しい状況に置かれているビジネスマンも多いと思いますが、少し立ち止まって、冷静に自分が置かれている状況を眺めてみると、今にも芽が出そうになるような、よいことが起こりそうな“兆し”はきっとあるはず。そのときに足を動かして逃げるか、手を動かし、挑むか。来年もやはり後者でありたいと、僕は思うのです。兆しが見えてきたときこそ、果敢に挑み続けましょう!