自分の仕事は、自分でつくる

すべてを引き寄せる、「実行力」の磨き方

東京オリンピックのメダリストが教えてくれた、結果を出せる人の口から“自然と出てくる”言葉

あまり時事ネタに関することは書かないのですが、今日はせっかくなので、東京オリンピックのネタを拾いつつ…。

 

メダルラッシュが続いていて、世の中を見渡すと思うところは多々あれど、僕は「開催賛成派」なので、みんなで感動を共有できるのは嬉しいな、と。正直、ほとんどの人はオリンピックの開催に反対というより、政府やICOの誰かが“得すること”にただ不満があるような気もしていて…。とまあ、そんな話はさておき…。

 

オリンピックのメダリストたちのインタビューを聞いていると、多くの選手がある共通の“前置き”を使っていることに気づきました。

 

「辛いこともありましたけど…」

 

すべてのメダリストのインタビューを聞いたわけではないので、感覚的なところもあるのですが、結構な割合で使われているような気がします。
記者会見ならまだしも、メダルを獲ったことを想定して競技終了後のインタビューを事前に考えている選手はいないと思います。いい意味でのイメトレはすると思いますが、そんなことを考えている余裕はないかな、と。

 

つまり、結果を出した人はやっぱり、自然と口から出てくるのだと思います。「辛いこともありましたけど…」と。
これを読んでいる方の中にも経験をしたことがある人も多いと思いますが、幼少期の頃のスポーツや習い事、あるいは受験や就職活動など、自分なりに必死に頑張って結果を出したとき、「辛いこともありましたけど…」と前置きをして、誰かに喜びの声を届けたことがあるかもしれません。

 

あまり根性論的な話は書きたくありませんが(僕自身は根性論が大好きですが…笑)、これは日々の仕事も同じで、やっぱり結果は「辛い」の先にあるものなのかな、と。もちろん、それは誰かに強制されてやらされるものではなく、「やる」「やらない」の選択権が自分にある中での話です。ここはとても大事。そして、「辛いこともありましたけど…」と前置きするくらいまでやるかどうかも、人それぞれ。どちらかが偉いはないのです。ここも大事ですね。

 

そして、最後に書いておきたいのは、「辛いこともありましたけど…」と言えるくらいに頑張っても、結果が出ないことはあるということ。
東京オリンピックに出場された選手の中には「(オリンピックまでの)5年間、何をやっていたんだろう」「土下座したい」と、自分を責めたり、誰かに謝罪するというようなコメントを出された方もいました。

 

相手も必死になっている。簡単には結果は出ない。そして、運もある。「辛いこともありましたけど…」と言えるくらいに頑張ったのなら、それが「結果」だと僕は思っています。必ず評価してくれる人がいて、自分自身が得たものも大きい。あえて僕が上から目線で書くことでもありませんが、結果が出なかったとしても、選手たちには「結果が出ている」ことをわかってほしいな、と。

 

中学校の最後の夏の大会で、あと一歩のところで全国大会出場を逃した僕がもしそんなことを言われても、全然納得はできなかったと思いますが…。