「センス」は後天的なものと言われますが、僕は「個性」も後天的なものだと考えています。生まれ持ったものではなく、日々磨かれていくもの。
辞書的な意味ではなく、「個性的」という言葉を定義することは難しいのですが、もし周囲に「個性的」と言われる人がいたら、それは周囲から見えるところ、あるいは見えないところでも日々動いている人だと僕は考えているのです。
「僕には、センスがない…」
「私には、個性がない…」
そんなふうに嘆いている人は年代や性別を問わずいたりしますが、僕は「動いていないからだ」と置き換えて考えてみればいいと思っています。
僕自身の話になりますが、僕の考え方や企画はときどき、「個性的」だと表現していただくことがあります。
それは繰り返しになりますが、先天的なものでなく、2100日以上続けているこのブログや『ニッポン手仕事図鑑』、秋田県鹿角のローカルメディア『スコップ』などのプロジェクトを通して得られた“他の人がしていない経験”が、他の人にはない視点をつくってくれているだけ。そう、積み上げてきた経験が、個性と呼ばれるものを形づくってくれているのです。
ビジネスマンであれば、センスがないとダメ! 個性がないと厳しい…と、そんなことを書くつもりは毛頭ありませんが、もし「センス」「個性」と呼ばれるものを手にしたくて、今、自分の手のひらの中にそれがないと思っているなら、やるべきことはただひとつ。そう、動くことです。動いて動いて動きまくったその先に、「センス」や「個性」と呼ばれるものが、自分の中に育ってくるのです。