自分の仕事は、自分でつくる

10年後の「自分」と「仕事」をつくる、行動力の磨き方

無茶した先に、踏ん張れる力と、チームの一体感が生まれる

高校野球のドキュメンタリー番組を観ながら、両親と話をしていたときのこと。
母親がテレビを眺めながら、「今の時代と比べると、本当にあなたたちの時代は無茶な練習をしてたよねぇ…。でも、その無茶がみんなを育てて、チームを強くしてくれたところもあると思うけど」と、苦笑いをしながらつぶやきました。

 

そう、僕らの時代は練習中に一滴の水を飲むことも許されないのが当たり前で、当時の過酷なトレーニングは、40代になった今でも鮮明に思い出せるくらいに(吐き気さえも思い出せる…)強烈なものでした。でも、その経験をしたからこそ、確かにひとりひとりが辛いときに踏ん張れる力を身につけられたし、チームに一体感も生まれ、仲間と同じ方向を目指しながら進んでいく喜びや価値を知ることができたのです。

 

無茶は必ずしも肯定できるものではありませんが、余裕のある環境で「踏ん張る力をつけよう!」「チームの一体感を強くしよう!」と語り合っても、なかなか前に進んでいかないのも事実。「難しい問題だよなぁ…」と番組を観ながら考えていたら、ふと、ある企業のエピソードを思い出し…。

 

僕は致知出版社の「人間力メルマガ」という無料メルマガを購読しているのですが、先日届いたメルマガに、サイボウズの青野社長のインタビュー記事の一部が紹介されていました。

「ベンチャー企業はがむしゃらに働くのは当たり前」という一方的な考えを社員に押しつけていたため、離職率も高く、最もひどい時で28%、4人に1人以上の社員が辞めていく状況でした。典型的な〝ブラック企業〟だったと思います。その上、買収した会社のいくつかで大きな赤字を計上してしまったのです」


これは2005年頃のエピソードですが、あのサイボウズでも…と、意外な感じもしましたが、もしかするとサイボウズも無茶したこの時期があったからこそ(辛い思いをした社員がいることは忘れてはいけませんが…)、残った社員の踏ん張る力とチームとしての一体感が生まれ、働き方が注目されるサイボウズのベースができたんじゃないかな、と、そんなことを思いました。

 

今の時代には合わないのですが、「無茶」は成長するための、肥料のひとつにはなる。無茶の肯定はできませんが、やっぱり不要だとは思えなかったりするのです。