自分の仕事は、自分でつくる

10年後の「自分」と「仕事」をつくる、行動力の磨き方

「滑り止めで入った大学」で学生生活を楽しめない人は、社会人になっても苦労する! という話

今、読んでおくべき本【随時更新】


企画書は、手描き一枚

ラジオ番組、はじめました!
ラジオ版『自分の仕事は、自分でつくる』

昨日、「#春から信大」というハッシュタグだけを書いたツイートをしました。
なぜかというと、信大を卒業された方(「#春から信大」の生みの親!?)&現役の信大生と食事をしていたとき、そのハッシュタグの話になったからです。
ただ、これは嘘ではなく、まだ確定したわけではないのですが、現役信大生のHくんが講師として僕を呼んでくれると約束をしてくれたから、そのツイートをしました(Hくん、僕を嘘つきにしないでください…)。今から楽しみで仕方がありません。

 

それはさておき、今日の本題。

 

僕の従兄弟も信大生だったのですが、就職氷河期に大学受験で全滅し、専門学校に行くしかなかった僕からすると、「信大生=エリート」だったりします。でも、そんな信大でも「第一希望で入学した信大!」という学生もいれば、「滑り止めで入った信大…」という学生もいる。後者の学生がいつまでそれを引きずるのかはわかりませんが、他の大学の学生と接していても、「滑り止めで…」と長く引きずっている学生が、意外に多いような気がしています。

 

個人的には一刻でも早く、そんな感情を捨て去ってしまったほうがいいと思います。いや、捨てなければならない。

 

「ま、滑り止めだけど、いい大学だし、学生生活を楽しもう!」と考える学生と、「はぁ、何で私は、この大学にいるんだろう…」と引きずっている学生では、同じ景色を見ていても、見えている景色が異なるのです。そして、見える景色でなく、行動も、選択も、人間関係も、すべてが違ってきてしまう…。

 

さらに引きずることが怖いのは、この思考は知らず識らず(恥ずかしながら、「しらずしらず」をこう書くのを、今はじめて知りました…)のうちに、癖になってしまうということ。癖になってしまうと、社会人になってからも「何でこの会社に…」「何でこの部署に…」と、まず不満が出てくる“体質”になる。

 

そんな人には、楽しい仕事も、成長できる仕事も、素晴らしいチャンスも出会いも、何にも巡ってこない。結果、誰からも必要とされない人になってしまうわけです。

 

厳しく書きましたが、全然大げさではないと僕は思っています。
「何でここに…」ではなく、「ここが運命の場所だ!」と考えたほうが楽しいし、未来を楽しくできる人はほぼ例外なく、そんな思考だったりするのです。