今日の朝、コンビニコーヒーの機械でコーヒーを淹れていたら、視界の片隅に雑誌の『PRESIDENT』の表紙が飛び込んできました。
その表紙にドーン! と書かれていたのが、『「嫉妬」の黒い心理学』で、その副題にあったのが、今日の記事のタイトルにした「女が嫌いな女、男が嫌いな男」でした。
そのときは荷物もあったので『PRESIDENT』は買わなかったので(今日の帰宅途中にでも買って読んでみようと思います)、まだ読んではいないのですが、表紙を眺めて思ったのは、確かに「女が嫌いな女、男が嫌いな男」はいるし、分析をすれば、その傾向は間違いなく出てくるだろうな、と。事実、僕も好きと嫌いが割とはっきりと分かれるタイプなので、これからの人付き合いを考えたとき、もう少し器用に立ち回れるように、処世術などのテクニックではなく、人間力を磨いていきたいと思います。
で、話を戻して、「女が嫌いな女、男が嫌いな男」の話を。
僕が見てきた世界での「女が嫌いな女、男が嫌いな男」の共通点をひとつ書くと、それは自分の「わからない」「できない」「失敗した」といった部分を、素直に認めようとしない人です。
それを認めず、認めないまま行動を続ける。でも、ごまかそうとしている、認めようとしないということが、周囲にはわかる…。だから、人としての“可愛げ”や“愛嬌”がなくなるから、結果的に人が離れていく…。そう、嫌い=離れていくになっていくのです。
それが、僕が見てきた中での、女が嫌いな女、男が嫌いな男の共通点のひとつ。
40代になると、なかなか自分の「わからない」「できない」「失敗した」を素直に認められなくなるもの。僕も改めて意識をして、日々の生活を送りたいと思います。