自分の仕事は、自分でつくる

10年後の「自分」と「仕事」をつくる、行動力の磨き方

「最低限の予習」ができない人は、相手をがっかりさせている

こんなエピソードを聞いたことはないでしょうか。
優秀な書籍の編集者は「次の作品は、ぜひうちの出版社から!」と作家を口説き落すとき、とにかく過去の作品をすべて読む。それは書き下ろしや連載小説だけでなく、エッセイやインタビュー記事も読んで、しかもリリースされてから間もない時期に、“自分の感想”も添えて、アポイントを入れる。それも、「なかなか面白い視点で読むな!」と関心されるレベルで。そう、ここまでやるには、ただ読むだけではダメで、相手を知り尽くそうという覚悟がなければできません。

 

あるいは、こんな話を聞いたことがあるかもしれません。
インタビューを担当している雑誌のライターが、「ここまで調べ尽くしているのなら、もう聞くことはないんじゃないか?」というくらいまで予習をしてくると。でも、ライターはすでに情報として世に出ていないことを知りたいから、そこに突っ込んでいく。インタビューを受ける人もその覚悟を感じるからこそ、自分が今まで語ったことのないことを語る。結果、とても価値のあるインタビュー記事が出来上がる。まさに、ライターの執念です。

 

これらの話に共通して言えるのは、徹底的な「予習」をしているということ。それができる人だからこそ、相手は心を動かされ、自分も手を抜けなくなるので、いい仕事ができるし、こういう人だからこそ一緒に仕事がやりたい! という気持ちにさせる。ここまで徹底的な予習はできなくても、僕は「最低限の予習」は必要だと思います。言い方を変えると、「最低限の予習」もできない人とは、一緒に仕事をやりたいと思わない。それは自分自身に自戒を込めて、言い聞かせていることでもあります。

 

ニッポン手仕事図鑑も最近は少しだけ注目をされるようになり、一緒に仕事をやりたい! と声をかけてくれる人が増えてきました。でも、だからこそ、「最低限の予習」すらしてこない人と出会ってしまうことも増えてきた。どんな映像が公開されているか、どんなイベントをやっているか、サイトを見ればわかることを知らない…。

 

それはやっぱり、とても残念ですし、時に憤りさえ感じてしまうこともあります。やっぱり、「最低限の予習」は大事。僕も次に誰かと会う前には「最低限の予習」を徹底して、できれば「徹底的な予習」ができるくらいに、自分のスキルを磨き、時間を確保できるようになりたい。とても大事なことですから。