自分の仕事は、自分でつくる

10年後の「自分」と「仕事」をつくる、行動力の磨き方

技術とは「愛情」という土台の上に、積み上げられていくもの

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会話が苦手な人のためのすごい伝え方

今日は僕が朝一の新幹線の中で、「表現」というものはなにか? について、考えさせらえたツイートの紹介から。

 

ここ最近、「テクニックがあっても、響かない表現」が多いなぁ…と感じることが、とても多かったりします。それは文章だけでなく、写真や映像など、すべてのクリエイティブに対して思っていることでもあり…。
たとえば、SNSで写真や映像を眺めていてよく感じるのですが、カメラ機材やスマホの性能も上がり、誰もが“それっぽく”、“エモく”写真や映像を撮れるようになりましたが、その反面、心に響かない写真が多い。これは僕の感性の問題かなぁとも思うのですが、同じように感じている人も、どうやら少なくなさそうです。

 

今はテクニックやノウハウは調べれば、次から次へとネットで情報が出てきて、学べる機会や手段も増えている。高性能な機材も誰でも購入できるようになり、ここでも差がつかない。プロと素人、一流と二流の差が、僕はどんどん縮まってきていると思っています。では、これからの時代のクリエイティブは、どこで差がつくのか? ちょっとクサいのですが、僕は「愛情」だと思っています。

 

冒頭のツイートの話に戻ります。
娘さんの表現は言うまでもなく、表現を学んだからではなく、おかあさんへの愛情があるから生まれたものです。同じように、プロが撮ったものより、親が撮った子どもの写真のほうがグッとくるものがあるのも、きっとそこに愛情があるから。そう、撮る側の愛情を感じて、撮られる側も変化したりする。

 

僕らの会社では、WEB、映像、グラフィック、文章、写真、空間デザインをやっています。プロである以上、技術で勝負するのは言うまでもありませんが、技術は愛情という土台の上に、積み上げられていくものだと、改めて実感するとともに、自分自身にもメンバーにも言い聞かせていきたいな、と。そんなことを考えさせてくれたツイートでした。えがおのとっぴんぐ、素敵な表現です。