昨日の深夜、ふと思うことがあって、こんなツイートをしてしまいました。
今の若い子たちは、
— 大牧圭吾|ニッポン手仕事図鑑 (@by_waterman) 2019年4月26日
物事をいろいろと
難しく考えすぎじゃない?
と、おじさんは思ってる。
入ってくる情報が多い分、
頭が良くなりすぎて、
シンプルに考えられなく
なってたりするのかな?
考えてばかりじゃなく、
まずはやってみよ!
結果も出してないくせに、
— 大牧圭吾|ニッポン手仕事図鑑 (@by_waterman) 2019年4月26日
行動もしてないくせに、
「これ、やる意味あります?」
とか言ってるやつに、
未来なんてない。
やる意味があるかなんて、
やった人にしかわからないのだ。
そして、やった人にしか、
結果は出せないのだ。
少し脱線したところから入りますが、僕の中にひとつ「今の若い人たちは…」のあとに続けて、断言して言えるがあります。それは、「今の若い人たちは、僕らの世代よりも、圧倒的に入ってくる情報が多い」ということ。
もちろんそれは、だいたいのところでプラスに働いているわけですが、先に紹介したツイートにも書いたように、入ってくる情報、考えること、考えなければいけないことが多くなりすぎた結果、頭が良くなりすぎて、逆にシンプルに考えられなくなってしまっているという弊害が生まれているような気がするのです。
だから、考えている時間は長いけど、行動に移すまでのスピードが遅く、行動量も少ない子が多いように思うわけです。それは個人の問題というよりも、便利に、豊かになった今の時代の、副作用的なものなのかもしれません。
そしてその結果、出てきてしまうのは、行動もせず、結果も出していないのに、「これ、やる意味あります?」と言ってしまう若者たち。行動をし続けている人にはわかると思いますが、やる意味があるかどうかなんて、やった人にしかわからないし、やった人にしか、結果も出せないのです。当たり前の話です。
僕が好きな言葉のひとつに、サントリーの創業者である鳥井信治郎さんの「やってみなはれ。やらなわからしまへんで」という言葉があります。これはもちろん、考えなくていいというわけでなく、価値観も多様化し、予想もしない事態が猛スピードでやってくる今の時代、考え“すぎた”ところで、何の意味もないということです。
会社から与えられた仕事、自分でやってみようと思ったこと。それについて「これ、やる意味ある?」と思ったら、1度「やる意味がないと、ロジカルに説明できるか?」を考えてみる。説明できたら、パッとやめてしまえばいい。その仕事を与えた上司を、論破してもいい。でも、なんとなく思っているだけだったら、まずは「やってみなはれ」です。そう、「やらなわからしまへんで」なのです。
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